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無題-作:◆CWrVHpk3e6 ■12.7kb


①道場


「大ババさま、覚悟っ!」

 10歳ばかりに見える少女に、木剣を握った青年が飛びかかった。

「おそい。」

 少女は体を横にそらすだけで木剣をかわすと、青年の額に杖を突きつけた。

「…ま、まいりました。」

 青年はがっくりと肩を落とした。

「接近戦で魔法使いに勝てない程度の剣術では、意味がないぞ。」

 からかうような口調で、少女は言った。

「全くもって。精進いたします。」

 青年は姿勢を正し、うやうやしく少女に頭を下げた。

「生半可な剣術など必要なかろう?」

「我が朝の初代は剣で魔王を打ち破り、国を手に入れました。
剣術を学ぶのは先祖にあやかりたいが故です。」

 少女の問いに青年は凛として答えた。技量の半端さとは裏腹に、志と表情だけは一人前である。
少女はなぜかそんな青年から顔をそむけた。

「そんなことよりも、早く結婚せぬか。即位から何年経っておるのじゃ?
王たるものがいつまでも嫁の一人も得られぬようでは国の面子に関わるぞ。」

 そして、その幼い容姿にはそぐわない、世話焼きおばさんのような説教をはじめる。

「王とは言え人間です。相手を選ぶのは当然のことでしょう。」

 毎度のことなのか、青年も慣れた感じで反発した。

「それに、数百年間一度も結婚しなかった大ババさまに言われても説得力に欠けます。」

 事実であるが故、少女は反論できなかった。

「もうよいわ! 全く態度ばかり大きくなりおって。」

 それだけ言うと、少女は静かに道場を後にした。


②魔術庁


 少女は城の一角を占める塔へと足を運んだ。すると、白髪の老婆が少女を出迎えた。

「師匠、お疲れさまです。」

 頭を下げる老婆に、少女は顔をあげるように言って報告を求めた。

「鳥が一羽ぶつかった以外は城内の魔法結界に異常はありません。先日届いた魔法兵用のロッドは
新兵への配布を終えました、現在私の部下が新兵に使用方法を教習中です。」

「鳥は?」

「死にました。丸焦げです。」

「最近は猟友会や動物愛護団体がうるさい。結界の出力を下げるように。」

 少女は老婆に指示を与えると、自分は塔の中の一室である自室に入った。
部屋の中には、分厚い辞書や百科事典のような本が棚を占拠し、床には動物の骨や
幾何学文様の書かれた布が散らばっていた。

(さて、何をしよう?)

 少女は辺りを見回したり、手帳を確認したが、特にするべき事が見当たらなかった。
たいていのことは優秀な弟子や部下に任せておけば片がついてしまう。人手は足りているし、
国内に異変も無ければ、急ぎの研究課題もない。天下泰平、鼓腹撃壌、世はつとめて平和だった。

「平和になったものだな…」

 誰に言うでもなく、少女は虚空に語りかけた。

つい、数百年前には人類は存亡をかけて魔王と戦っていたというのに――


③回想


 その青年は腰に一本の剣を帯びている他は、全くの徒手空拳だった。「俺が、魔王を倒す」
それを聞かされた少女は思わず失笑した。彼はこのような大言壮語をどこでも吹聴して回っていた。
そして、その度に大ボラ吹きだと罵られたものだった。

 一方の少女は、魔法使いの村で生まれ育ち、村の中でも天才の名を欲しいままにした一流の
魔法使いだった。そのため各国からとんでもない莫大な契約金でオファーが来ることがしばしばあった。

 少女は今でも不思議になる。

 なぜ、自分ほどの大魔法使いがあんな無謀でバカな男に付いて行ったのかと。
しかし、結果として少女は彼に付いて行った。そして彼と、彼のパーティは魔王を倒し人類を救った。

 その後青年はとある国の王女と結婚し、やがて国王となり、老いて、死んでいった。
少女は彼に、魔術庁長官の地位を与えられ、それからずっと王国に仕え続けた。
はじめのうちは、魔王との戦いの傷跡の残る国土を回復させる必要があったのでとても忙しかった。
しかし、平和になってくるにつれ、問題は減り、組織も整っていった。
もはや王国に少女ほどの強力な魔法使いがいる意味はなくなっていた。
                                  』

 そろそろ、終わらせよう・・・


④決意


 いつしか少女は、今まであえて避けてきたある魔法の研究を始めていた。

「おや師匠、その本は?」

 白髪の老婆―少女の弟子の一人が目ざとくそれを見つけた。

「『強制解呪』ですか。そのような魔法を使うのですか?」

 強制解呪とは、永続効果のある呪文を問答無用で解除する魔法であるが、滅多に使われることが無い。
通常、永続効果のある呪文には解呪呪文と復元呪文が仕込んであって強制的に解呪をする必要がない。
しかも強制解呪をした場合、呪文の対象に予期しない影響を残すことがあり、「元の状態に戻す」という
解呪本来の目的が果たせないことが多いのだ。

「ああ。やっかいな呪文でな。解呪呪文も復元呪文も無い上に、効果が強力で物理的な作用にまで深く影響しておる。
強制解呪でもなみのやり方では解けまい。」

 少女は本のページをめくりながら、弟子には目も向けずに答えた。

「物理的作用を及ぼしている呪文を強制解呪ですか。
そんなことをすれば呪文の対象はただではすまないのではありませんか?」

「うむ。おそらくは、破壊されてしまうじゃろうな。」

 弟子を気にする様子も無く、少女は本を読み進める。

「一体何を解呪するのですか?」

「不老不死の呪いじゃ。」

 こともなげに少女は言った。

「師匠、まさか、自分自身にそれをするおつもりで!?」

「ああ。その通りじゃ。」

「そんな…なにも、自ら死を選ぶ必要はないのではありませんか?」

 少女は、本を読むのがひと段落すると、ようやく老婆の方を向いた。

「いや、こういう事は決心したらなるべく早くせねばならぬ。決意が鈍るからな。
そのように目的も無く生き続けてしまった魔法使いの末路は悲惨なものじゃ。」

 ―自分は今まで生きてきて、目的はあったのだろうか。

 少女は、自分の言葉にふと考えた。
 あの青年と一緒に旅に出たときは、彼の不思議な魅力にひかれていた。
いつも危ない橋をわたってばっかりで見ていられなかったが、だからこそ離れられなかった。
いつも大きく出て虚勢ばかりだったが、なぜか彼が出来るといえばなんでも出来そうな気がした。
そして、いつまでも傍にいたいと思った。
 時が過ぎ、青年は結婚して国王になった。少女は王国を支える一人として彼が死ぬまで
仕え続けたのだから、ある意味ずっと傍に居た。しかし、何かが違うという思いが絶えなかった。

 今になって、少女は思う。自分はあの青年に恋していたのだと。だが、少女は永遠に子供である。
その想いはかなうはずがない。それに気付いていながら、少女は満たされぬ思いと未練に引きずられ、
数百年も生きてしまったのだ。
 その、未練を断ち切れなかった理由の一つが、あの青年の子孫―王族たちが彼の面影を残していたからだ。
特に、今の国王などは見た目だけならうり二つだった。


⑤引止


「大ババさま、本当ですか!?」

 数日後、その現国王が少女に会いに来た。

「何がじゃ?」

「あなたが亡くなられるつもりだという話です!」

 国王は必死の形相だった。少女はそれを、国王は政治に自信がないから
人材が抜けることが不安なのだろうと受け取った。

「安心せい。弟子や部下が十分に育っておる。
わらわが居なくなっても魔術庁の活動に影響は出ないじゃろう。」

「そういう問題ではありません!」

 国王はめずらしく大声をはりあげた。

「…それでは、どいういう問題なのじゃ?」

 一体何が問題なのか、国王にそれ以外のことを心配する理由があるのか、少女には全く分からなかった。

「そ、それは…」

 国王はそう言って口ごもってしまった。

「変な奴じゃな。まあよい、明日にでも正式に辞職届けを出す。受理を遅らせたりするなよ?」

 国王はしばらく、まるで口がきけないかのように黙っていた。
少女がけげんな顔で彼の表情を覗き込むと、やがて国王は意を決したように顔をあげた。

「大ババさま、何か思い残すことややり残したことはありませんか?」

 どうやら国王は少女を引き止めたいらしい。それを感じたからこそ、少女は冷淡に首を横に振った。
正直なところ、少女も自らの死は恐い。それゆえ、ためらってしまえばなおさらに
ずるずると生き続けることになってしまう。それだけは避けたかった。

 少女は、本当にまだ幼かった頃、そうやって生き続けた者の末路を見たことがある。
 魔法で体を死なないようにしても魂は徐々に劣化していく。魂が劣化していけば魔力も弱まり体を維持できなくなり、
やがては知能をも失う。洞窟の奥に閉じ込められて、ボロ雑巾のように朽ち果てた体にしがみつき嗚咽のようなうめき声を上げ、
永久に死の恐怖に怯え続ける。どこまでも醜く、哀れな存在。それこそが、「死ねなかった不死者」の最期の姿だ。

 国王がどういうつもりで自分を引きとめようとしているのかは分からない。
だが、ここで「死ななくてもいいよ」という甘い言葉に乗ることはそういう末路に進むことに他ならない。
だからこそ、少女ははっきりと「そんなものはない」と答えた。

「本当にやりたい事はもうないのですか? …たとえば、結婚とか。」

 国王のその言葉に、少女はハッとした。それが少女にとって唯一の心残りであり、生き続けてしまった理由であったからだ。
しかし、それがかなうことはありえない。結婚したかった相手はとうの昔に死んでいる上に、少女はずっと子供のままなのだ。
そんなことは少女は自分でよく分かっていたが、その結婚したかった相手にうり二つの男にそれを言われては、
少女も思わず動揺してしまった。

「ば、ばかもの。わらわに結婚が出来ないことなど、お主も知っていよう。
他人の事よりも、お主が早く結婚せんか。世継ぎが出来なければ国家の一大事じゃぞ!?」

 少女の動揺を見越してか、国王はまた少し間を置いて言った。

「それなら、結婚しましょう。」


⑥結婚


 国王は笑顔を浮かべていた。その顔は数百年前のあの青年と同じ顔だったが、彼の豪放磊落な笑いとは
似ても似つかない、育ちの良さそうな穏やかな微笑みだった。少女は思わず、彼に目を奪われてしまった。

「誰が、誰とじゃ?」

 少し間をおいて、気を取り直した少女が聞き返す。

「わたしが、あなたと。」

 国王がはっきりとそう言っても、少女はその意味を理解するのに時間を要した。

「え? えええええ? な、なんじゃとぉ!?」

 数秒の間をおいて少女は叫んだ。

「ど、どういうつもりじゃ? わらわを辞めさせないための詭弁か?」
「いいえ。お仕事は辞めてくださって結構です。
むしろ辞めていただかなければ王族の行事との兼ね合いで困ります。」
「それでは、なんじゃ、お主はまさか童女趣味じゃとでも…
はっ!まさかそれで今まで結婚しなかったというのか!?」
「大ババさま、その、少し落ち着いてください。」

 国王はそう言って、少女を静かにさせてから口を開いた。

「私は、あなたの見た目の年齢より幼き頃から、あなたのことをお慕いしておりました。しかし、あなたは伝説の英雄であり、
永遠の存在。私にはどうすることも出来ない存在だと思っておりました。だから、この想いを伝えることもできずにいました。
かと言って他の女性に興味をもつことも出来ず、今に至ったのです。」

 どうやら本気らしい告白に、少女は非常にむずがゆい感じがした。なにせ数百年生きてはじめて告白されたのだ。
これまでそういう事が無かったのは少女の器量や見た目の年齢の問題以上に、彼女の存在の特殊さが原因だった。
しかし、少女自身はそうは考えず、自分が子供であるため、女性として興味をもたれる存在ではないと思い込んでいたのだ。

「ですが、このままではあなたは永遠に私の手の届かないところへ行ってしまう。
それだけは我慢できません。その命を捨てるぐらいならば、私に預けてください。」

 そこまで聞いて、少女の顔はすでに熟れすぎた林檎のように赤くなっていた。

「わ、わらわ以外には興味がわかぬじゃと?
つまりは成人女性に興味がない重度の童女趣味ではないか。変態めが。」

 少女は顔をそむけながらそう言った。顔を向けずに悪態をつく様子を、国王は決意を変えないための
ポーズだと受け取った。つまりは、否定的な答えだ。国王の顔に落胆の影が浮かぶ。

「…しかし、本物の子供に手を出されても困る。
じゃから、なんじゃ…その、わらわで満足してもらうしかあるまい。」

「は?」

 今度は国王の方が、よく理解できなかった。まごつく国王に少女は少しいらだったようすで振り向いた。

「ええい、もの分かりの悪い! お主の嫁になってやると言っておるのじゃ。」

 少女のその言葉に、国王の顔がパッと明るくなった。

「大ババさま!」

 国王は少女に思い切り抱きついた。

「こ、こら、花嫁に大ババはなかろう!」


⑦後日


 それから数週間後、少女はまだ魔術庁の自室に居た。結婚式はもうすでに盛大に行ったが、そのおかげで急な日程になってしまった。
そして職務の引継ぎや残務処理が片付かず、まだ退職するにできなかったのだ。

「師匠、新婚なのですから今日はもう終えられてはどうですか?」

 夕方、白髪の老婆が少女を気づかって言った。

「かまわぬ。それよりもなるべく早く残りの仕事を終わらせて、心置きなく夫に付きっきりで居られるようにしたいのじゃ。」

 目標ができたことで仕事にも精が出るのだろう。話しながらも少女はすさまじいペースで書類をさばいていた。

「そうですか。しかし、師匠はもはや王妃なのですからくれぐれもご自愛下さいませ。」
「分かっておる。いずれは子も成さねばならぬ身じゃからの。体を壊すようなマネはできぬ。」

 少女はそう言って、うれしそうに自分のお腹を撫でて見せた。

「師匠、つかぬことをお伺いしますが…」
「なんじゃ?」

 ご機嫌な少女の様子とは裏腹に、老婆は少し険しい表情に変わっていた。

「初潮はきておられますか?」
「ショ…チョウ…なんじゃそれは?」

 少女はまるで異国の食べ物の名前でも聞いたような、まるでちんぷんかんぷんな顔をしていた。その様子に、老婆は頭を抱える。


「な、なんじゃとぉ!? それでは、わらわは子を成せぬというのか。」

 小一時間ほど説明を受けてから、少女は叫んだ。

「残念ながら、その通りでございます。」

 呆然と立ちつくす少女に対し、老婆はごく冷静に答える。

「子は産めなくても、陛下が師匠を愛していることは変わりません。安心して―」 

 だが、少女は老婆の言葉をさえぎってまたも叫んだ。

「解呪をする!」
「師匠、ヤケになってはいけませぬ!」

 老婆は少女を止めようと腕をつかんだ。自分の言葉で彼女に死なれてはたまらない。

「こら、勘違いするな。わらわは当分は死ぬつもりはない。」
「そんな嘘を。師匠が解呪をしてしまえば命はないことぐらい、私にもわかります。」
「違う! 解呪と同時に復元も行うつもりじゃ。」

 それを言われて、老婆は動きを止めた。

「き…強制解呪と同時に復元…ですか? それができれば前代未聞の超魔法ですよ?」
「わらわは天才じゃ、出来ないことはない! …たぶん。」
「国王陛下が生きているうちに間に合いますかね?」

 老婆は不安げに少女に問いかけた。

「ならば、あやつもしばらく不老不死にしてくれるわ!」
「ああ、やっぱりヤケなのですね。」

 そう言って老婆は肩をすくめるのだった。

  • 最終更新:2009-08-31 00:07:24

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