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仙女と異能者-[ID] xSb08Z68 ■12.9kb


 終業のチャイムが高らかに鳴った。
 ここ、春星高校2年4組でも担任の白河百合香(しらかわ ゆりか)が生徒
への伝達事項を終え、いつもの温和な表情を浮かべたまま軽く手を叩いた。
「はい、本日のホームルームはここまでです。皆さん、気をつけて――」
 ――唐突に、勢いよく前の扉が開いた。
「豪、修行の時間じゃ! 帰るぞ!」
 満面の笑みで元気いっぱいに吼えたのは、髪をツインテールに括った矢絣(
やがすり)の着物に袴姿の幼女だった。
 ちなみに豪、と呼ばれ顔を引きつらせたのは、教室の中ほどにいた男子生徒、
木島豪(きじま ごう)である。短く刈り上げた髪の下にある、ギョロリとし
た眼が印象的な少年だ。捲り上げられた袖から覗く腕っ節はいかにも屈強そう
だ。
 そして豪の後ろの席にいた癖っ毛茶髪の女悪友・伊達有紗(だて ありさ)
が、勢いよく立ち上がった。
「おーっと! ここで小さな乱入者の登場! 愛の干渉者は果たして何者か!
 さあ! 事件の中心注目の的、木島豪君コメントをどうぞ! ――って、あ
ら?」
 マイクを突き出した有紗の前の席は、既に空だった。
「豪ちんは?」
 近くにいた眼鏡の男子生徒に尋ねてみる。
 彼は開いている窓を指さした。
「木島なら、たった今窓から飛び降りてったぞ」
「逃がすか!」
 袴姿の幼女は勢いよく跳躍すると、尋常ではない速度で生徒達の机の上を駆
け抜け、そのまま豪を追って窓から飛び降りた。
 なお、ここ、二年生の教室は三階にある。
 有紗は窓際の席に駆け寄ると、大きく身を乗り出した。
「愛の逃避行!? それとも心中か! 禁断の愛に狂った少年の末路やいかに!
 アタシ、伊達有紗は引き続き、調査を続行しようと思います!」
 本気で飛び降りようとする有紗を必死で制したのは、先ほど声を掛けられた
眼鏡の男子生徒だった。
「待て! ここは三階だ!」
「……えーと」
 彼の名前を思い出せない有紗であった。
「増田だ! いい加減、名字だけでも覚えやがれ!」
「むむ、増田欲求不満? いくら彼女が胸ないからってそんなに強く揉まなく
ても」
 特に手を払いのけようとしない有紗に、逆に男子生徒――増田卓(ますだ 
たく)の方が顔を赤らめ退いた。
「っ!? も、揉んでねえし、そもそも小星は彼女じゃねえ!」
 その卓に後ろから襲いかかったのは、小柄な少女だ。薬師寺小星(やくしじ
 こぼし)、卓の幼馴染みである。
「お返しにタックンの胸も揉んでみよう!」
「揉むなーっ!!」
「……今日もクラスは平和ねえ」
 騒々しい教室の光景を、ニコニコと眺める白河百合香であった。


 そしてその教室から十数メートル下の地面。
 木島豪は、うつぶせで車に轢かれた蛙のようになっていた。
 その背に乗った袴姿の幼女は、愉快そうに頭上の喧噪を眺めていた。
「ほ、面白いのぅ、豪のクラスは」
「……逃げないから、背中から降りてくれるか、師匠」
「うむ」
 幼女――仙女・武桜(ぶおう)は、ようやく豪の背中から降りた。
 この二人の関係は、有紗が(本気かどうかはともかく)考えていたような恋
愛関係ではなく、武術における師弟の間柄である。


 桜の舞い散る夕暮れの大通りを、二人は手を繋いで歩く。
 最初、当然のように豪は渋ったが、武桜が彼の太股の痛点を連打し始めたた
め、仕方なくだ。
 ごつい学生と、和服の幼女。
 ちょっと変わってはいるが、傍目からはほほえましい兄妹に見えるかもしれ
ない。
 とはいえ、豪としては憂鬱である。
「まったく、明日、俺はどうやってみんなに説明すればいいんだよ」
「は。ありのままに説明すればよいではないか。円転流仙術(えんてんりゅう
せんじゅつ)師範、武桜の弟子じゃとな」
 武桜の方は、弟子と手が繋げてご満悦の様子だった。
「言って、素直に信じてもらえると思うか?」
「うむ。同じ人間同士、言葉を交わせるだけ獣を相手にするよりまだ楽じゃろ」
「いや、そういう問題じゃないんだけどな……大体、何で学校まで来るんだよ」
 豪の指摘に、武桜は頬を膨らませた。
「ふん、道場に顔を出さぬ豪が悪いのじゃ。知っておるぞ。お主、また歓楽街
の地下クラブで賭博試合をしておるじゃろ」
「……あー、謝るから潰すのだけは勘弁してやってくれ。アイツら、基本的に
気のいい奴らなんだ」
「なるほどなるほど。その分、我の相手はお主がするのじゃな」
 豪の背筋を寒気が走る。
「いや、そんな事を言った覚えは、まったくないんだけど?」
 武桜の修練は、控えめに言ってもとても過酷である。
「うるさい。道場で待っても待ってもお主は来ぬ。この馬鹿弟子が。我は寂し
さで危うく死ぬところだったのじゃぞ」
「いつから師匠はウサギに転生したんだ」
「ほう、豪はバニーガールがお好みか。分かった。伝手を頼って用意しておく
ぞ」
「いや、いらないってそんなの」
 見応えのなさそうな体でもあるし、と言ったら、この体勢のまま投げ飛ばさ
れかねないので口にはしない事にした。
「そんなのとは失敬な。師匠は敬うモノじゃぞ、豪」
「……バニーガールを師匠に持った覚えはないって」
「ようし。ならば真面目モードで相手をしてやるのじゃ」


『開団時(かいだんじ)』という荒れた古寺が武桜の住処であり、簡単に畳を
敷き詰めただけで広いのが取り柄の離れが二人の道場であった。
 立て付けの悪い窓を開け、換気を済ませた豪は学生服を脱いだ。行住坐臥(
ぎょうじゅうざが)、戦いに身を置く精神を尊ぶ円転流仙術に道着は存在しな
い。
「用意はいいか」
 豪は背後の武桜に尋ねた。
「ふ。誰にモノを言っておるのじゃ。いつでも襲ってくるがよい」
「……伊達には絶対聞かせられない台詞だな――」
 背筋に寒気が走り、振り返りざま、とっさに両腕を固め正面の盾にした。直
後、建物全体が軽く揺れ、腕に衝撃が駆け抜ける。
「――かはっ!」
 背中が窓際にぶち当たり、たまらず呼気が漏れる。
 見下ろすと、いつの間にか武桜は間合いを詰めていた。
 近すぎる。これでは豪の攻撃は充分な威力を発揮できない。
「油断しすぎじゃ。勝負はもう始まっておるのじゃぞ」
 右拳が来たかと思えば浴びせ蹴り、続いて左の裏拳に足払い。
 リーチこそ短いが、小さな台風のような高速攻撃には残像すら生じている。
豪は防戦一方にならざるを得ない。それでもいくつかは(攻撃を)もらってい
た。
「ちょ、おい、待てって!」
「待ったなしじゃ」
 猛攻の間も、武桜の呼吸に乱れはない。
「そう――かよ!」
 肝臓狙いの小さな拳を払い除け、迫り上がってきた足先をスネでガードする。
後方宙返り状態になった武桜に対し、豪は練り上げていた精神を足下で解放す
る。
 青く輝く力の渦が豪を中心に発生し、その勢いを借りて低空飛行で武桜めが
けて突進する。豪が持つ『念動力』という異能の力のバリエーションだ。
 空中にいる武桜にこれを避ける術はない。
 そのはずだった。
「サイクラッシュか。ふん、いきなりそんな大技が当たるモノか!」
 武桜は宙を蹴り、突進してきた豪の後方へと逃れた。
 しかしそこ(二段ジャンプ)までは、豪も読んでいた。
「こっちだって、当たると思っちゃいないさ!」
 対面の壁に激突寸前、豪は強引に身体を反転させ、壁、天井と勢いを殺さず
に突撃、武桜に迫った。
「おおっ!?」
 さすがに武桜も焦ったのか、床に着地と同時に飛び退いた。
 そのつい今し方武桜のいた場所を、豪が前方に突き出していた青い光をまと
った両拳が突き刺さる。
「どうよ」
 豪も着地し、武桜との間合いを取った。
「むー」
「……不満そうだな」
「それは、円転流仙術じゃなくてお主の技じゃからな。豪は突進系と奇襲系は
ともかく受けが弱いと前から言っておろう――」
 再び、武桜が尋常ではない速度で豪に迫ってくる。
 しかし。
「――む?」
 豪は武桜の最初の拳を、何とか受け止める事に成功した。精神波を利用した
防御領域(シールド)だ。
「誰の受けが弱いって? ダテに賭け試合をこなしてきた訳じゃないぞ」
 拳を豪に封じられたまま、武桜はにっこりと笑った。
「うん、よかろう。そういう事ならば、我も本気でゆくぞ」
「え」
 直後、豪の世界が反転した。
 投げられたのだ、と認識した直後。
「気を抜くでない」
「おぐっ!?」
 脳天に強烈な逆さ蹴り(サマーソルトキック)が食らわされた。
 空中に放り出された豪の身体は、キリモミしながら弧を描いて床へと落下し
ていく。
「円転流仙術の基本は、円環にありじゃ! 攻めの手を休めるでなく、受けも
また然り! ほぅれゆくぞ、円転流仙術突進技・螺旋撃!」
 自身の名を顕すかのような、桜色に輝く気を渦状に練り込んだ武桜の掌底が、
無防備な豪に直撃した。
「ぐほぁっ!」
 畳が派手に舞い上がり、豪の身体が壁に激突する。衝撃を殺しきれなかった
壁が粉砕され、寺の境内が丸見えになる。


 壁の向こうから、豪の反応がなくなった。
「む、ここまでか……」
 武桜がそう呟いた直後。
「トル……ネード……」
 濛々と立ちこめる土埃の向こうから、豪の弱々しい声が響いた。
「ん?」
「サイクラッシュ!」
 土埃の中から、低空飛行で豪が突進してきた。揃えられた両拳、いや全身を
まとうのは青く輝く渦状の気、それはつい先刻、武桜が放った螺旋撃と同質の
モノだ。
「ほ、悪くない」
 しかし武桜はそれを、ひらりと回避した。
 振り返ったそこに――豪はいなかった。
「まだまだっ!」
 頭上!
 天井近くに立っていた豪の周囲を守るように、三つの青光りする念動球が駆
け回る。
「サイコスフィア三連!」
 三つの球が一斉に、武桜目がけて襲いかかってきた。
 それを見て、にぃっと武桜は笑みを浮かべた。
「そいつは悪手じゃな! 一撃に力を込めい! 旋風掌!」
 武桜の放った掌底から、桜色に輝く渦状の気が迸った。
 斜めに奔ったそれに、三つの念動球が巻き込まれる。
「消し飛ばされた!?」
「さて、その体勢からでは逃れられんじゃろ?」
 技を放った直後の隙だらけの豪の真下に、武桜は立っていた。
「――!!」
 頭上の豪が目を見張る。
 しかし逃げる隙は与えない。全身を駆け巡る気を、丹田を機関に限界まで高
める。
 轟、と渦巻く桜色の練気を、武桜は床に叩きつけた。
「――輪廻、転生波!!」
 反作用で発生した螺旋状の気の柱が、頭上にいる豪を天井もろとも吹き飛ば
した。
「うむ、でもまあ結構腕を上げたようじゃの」
 仰向けに倒れた豪を見下ろす武桜の背後に、月の出た夜空が見えた。
「……そりゃどーも」
 ダメージと全身疲労で動けない豪としては、声を出すのが精一杯だ。
 こうしていると、初めての対戦を思い出す。
 ただし、場所は酒精と煙草の臭いが立ち込める地下クラブ。
 持っていた異能の力で増長していた豪(自分)という違いはあるけれど。
 豪の回想に構わず武桜は言葉を続ける。
「とはいえ、我の修行の成果でないのが腹立たしいがの。腕を上げたいなら、
賭博試合などせず道場に日参すればよいものを」
 何だか少し拗ねているようだった。
 しかし、豪にだって退けない理由が存在する。
「そういう訳にはいかないんだよ……」
「む」
「いくら実年齢ん百歳の仙女様っつっても、小さい女の子相手に毎回毎回ボコ
にされるなんて男の沽券に関わる問題なんだって」
「は」
 武桜の口元が緩んだ。。
「なるほどの。よかろ。そういう事ならば師匠は許すのじゃ」
「そりゃよかった」
「ただし、今度からそのクラブへは我も連れて行く事を命ずる」
「何ぃ!?」
 これまでのダメージすら忘れて、豪は衝撃のあまり身体を起こした。
 だが、武桜は平然としたモノだった。
「当たり前じゃ。弟子のゆくところ師匠あり。大体、現場におらねば指導もま
まならんではないか」
「いやあのちょっと待ってくれ、師匠。つまり、その、俺のセコンドにつくと?
「無論じゃ! 我を誰だと思っておる。豪の師匠じゃぞ?」
「うー」
 豪は頭を抱えた。
 今日の教室の比ではない騒動になるのは、目に見えていた。というか、今後
歓楽街を歩けなくなる可能性に大ピンチである。
 そんな豪の苦悩をよそに、武桜は気楽なモノだった。
「心配するでない。我とてお主の懸念ぐらい察しておる。この外見はその気に
なれば自由自在なのじゃ」
「は!? 初耳だぞ、それ!?」
 武桜の身体(ちんちくりん)を上から下へと眺めやり、豪は半信半疑に眉を
しかめた。
「うむ、言ってないからの。この姿はコンパクトで動きやすいし、気の消費も
少なくてすむ。何より電車や映画が子供料金なのじゃ」
「……せこい仙人もいたモノだ」
「という訳で、クラブに行く時には大きければいいのじゃな。ちなみにその為
には気を溜め練らねばならんのじゃが」
 轟、と桜色の気が武桜から発生した。
 しかし、その気は戦意昂ぶる闘気の類ではなく。
「……師匠、なんかすげーやな予感がするんだけど」
 尻餅をついたまま、豪は本能が告げる悪寒に、武桜から距離を取ろうとする。
「ふふふ、豪、房中術という気の移動法を知っておるか。あ、こら待つのじゃ!
 ちょっと接吻するだけじゃというのに!」
 残っていた精神力を振り絞り、豪は突進技・サイクラッシュを(ただし武桜
とは反対方向に)発生させ、逃走した。
「冗談じゃない! 本気でロリ疑惑が掛けられちまうだろが!」


 翌日、放課後。
 教壇では昨日と同じく、担任の白河百合香が伝達事項を説明していた。
「きのうはおたのしみでしたね」
 そんな伊達有紗の声が後ろの席から聞こえ、豪は唸った。
「どこの宿屋の親父だ、お前は」
「いやいやいや、一時間目から六時間目まで眠り続けた奴なんて、初めて見た
わ。そんなにすごかったの、彼女?」
「ああ、なんて言うか本気で殺意沸く。女は基本的には殴らない主義なんだけ
ど、殴っていいか?」
 すごかった、の意味が違うなら、その表現は間違ってはいないが、わざわざ
説明してやる気にはなれない豪である。
「や、アタシそっち系の趣味はないから。それでそれで、昨日のあの子は木島
の何? 彼女? 婚約者? 嫁?」
「……せめて近所の子とか親戚とかの選択肢を設けてくれ、伊達」
「愛人?」
「人の話を聞けよおい」
 さすがに振り返った。
「はい、木島君と伊達さん、静かにしてくださいね。もうすぐ終わりますから」
 担任・白河の言葉に、豪は前に向き直った。
「はーい。ところでせんせー、そろそろ彼氏の有無を教えてほしいんですけど
ー」
「いいからもうお前黙れ。と言うかお前の頭の中は、色恋沙汰しかないのか」
「ないわよ!」
「言い切るな!」
 終業のチャイムが鳴った。
「そ、それは秘密という事で。本日の伝達事項は以上です。それではホームル
ームはここまで。皆さん、気をつけて――」
 わずかに頬を赤らめる白河が言葉を言い切るより早く――唐突に、勢いよく
前の扉が開いた。
「豪、修行の時間じゃ! 約束通り、今日は我も一緒についてゆくぞ! 見て
の通り、きちんと身なりは整えてきたのじゃ。まったくお主が協力してくれな
かったから結局自分で気を練る羽目になってしまった。面倒くさかったのじゃ
ぞ?」
 現れたのは、矢絣の着物に袴姿の少女だった。
 仙術で、豪と同じ頃に身体を成長させた武桜だ。
 そしてこれも昨日と同じ事の繰り返しになるが、後ろの女が勢いよく立ち上
がった。
「おおおおおっ! これは木島意外な二股疑惑の登場だぁっ! しかも見たと
ころ、あの彼女は昨日の幼女の血縁のよう! 禁断のワンペア、リアルハーレ
ムルート、姉妹丼に突入かぁっ!!」
 たまらず、豪は教室の窓に駆け寄った。
「あ、こら豪どこにゆく!? それに二股とはどういう事じゃ! 我はそのよ
うなモノ、許可しておらぬぞ!」
 知らん知らん、と豪は心の中で叫びながら、三階から飛び降りたのだった。

  • 最終更新:2009-08-30 23:49:53

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