SS0003

無題-作:小ネタ ◆91wbDksrrE ■25.4kb


「なんじゃ?」
 今日もあいつの目付きは鋭い。まだ年端もいかぬと形容するのが
妥当な彼女の外見の中で、唯一彼女本来の年齢を感じさせるのが、
その鋭い視線だ。
「……今日、何日だっけ?」
「ふむ。……今まで戯け戯けと馬鹿にしてきてすまなかったのう。まさか
 そこまでお主の脳味噌が深刻な状況にあるとは思わなんでな。許せ」
「違え!? なんで俺が普通に今日の日付忘却した設定になってんだ!?」
「ん? 違うのか。お主の脳味噌ならありえるか、とも思うたのじゃが」
「その認識は撤回していただきたい。俺の脳は歳相応だ」
「では何ゆえそのような問いを寄越す? 27日であろう。かれんだあを見よ」
「そうですよ27日ですよそんな事くらいわかってますよ! 俺が言いたい
 のはだな、今日を遡る事3、4日、何らかのイベントがあったはずでは
 ありませんか、という事なんだよ!」
「迂遠な。そうならそうと、はっきりと申せばよかろうに」
「催促をはっきりしたら、俺が情けなくなるだけだろうが!」
「……催促?」
 あ。
 俺がうっかり口走った言葉を聞き逃さず、彼女は喰らいついてきた。
 鋭い視線に、妙な光が宿る。
「何を催促するのじゃ? わしがお主に促されるような事が、何かあったとは
 思えんが? 何をどうして欲しいのじゃ、お主は? ほれ、言うてみい」
「……お前、それを男の口から言わすのか?」
「なんじゃ、口では言えんような恥ずかしい事か? 生憎、この身体では
 お主のその欲望に応える事はできんから、容赦して貰えんかの」
「違ええ!? なんで俺がお前にあんな事やこんな事――」
「しとうないのか?」
「――少し、したいです……ってそうじゃねえ!?」
 思わず本音が。ガッデム。
「ふむ、素直じゃな。だがそれをするのはもう少しわしの身体が育つまで待て」
「ええ待ちます待ちますとも! けど話はそうじゃないって言ってんだろ?」
「ふむ?」
 このまま思い出してもらおうとしても埒が明かないと思い、俺は記憶を
呼び起こす為のキーワードを提示する事にした。
「えっと、現代日本における行事について、大雑把に説明しただろ? 12月
 には大きなイベントがあって、その時どうするか、も」
「おお、そういえばそんな話も聞いておったの。はて、12月のいべんと……
 なんじゃったかのう?」
「お前のその口調でそういう風に呟くと、本気でボケたみたいに聞こえるな」
「お主の場合、いついかなる時も本気でボケておるがな」
「だから俺の脳は歳相応だって言ってんだろ!? ボケてねえ!」
「冗談じゃ。さて、わしの明晰な頭脳はお主に聞かされた話を覚えておったぞ」
「おお、覚えてたのか」
「12月のびっくいべんとと言えば、くりすます、じゃな?」
「そう、それだよそれ! その時どうするって教えた?」
「確か……さんたくろうすなる怪人が、くりすますの夜に一家が寝静まった
 家屋に不法侵入。子供が欲しがるものを何故か察知しており、それを子の
 寝る部屋に残した後、、本人は影も形も無く消えうせるという……」
「どんな都市伝説だよ!? ……まあ、概ね間違ってないけど」
「確か、実際はさんたくろうすなる怪人は存在せんのだったな」
「そうそう」
「その代わりとして、ぷれぜんと交換なるものをする、と」
「そうそう! って覚えてんじゃん!」
「今まですっかり忘れておった。ここ数日家も空けておったしの」
「そうだよ! なんでいきなり24日から3日間いなくなるんだよ! まさに当日だよ!?」
「野暮用じゃ。主には関係ない」
「……むぅ」
「ほほ、そうむくれるでない。ま、おぬしの言いたい事、おおよそは理解できたわ」
「できたのか」
「うむ。お主は要するに、ぷれぜんと交換をしたかったのか?」
「……べ、別に、そこまでしたいってわけじゃないけど」
「そうか、ならば別にせずともよいな」
「嘘ですしたいですもの凄くしたいなぁ僕!」
「ならば致すとするか」
「おお! って、お前、何だかんだ言ってプレゼント用意してたんだ?」
「ん? わしは何も用意しとらんぞ」
「なんでだよ!?」
「確かその折に言っておったろう。おなごが男にするプレゼントは、おなご
 自身であり、それが最も男を喜ばせる、と」
「それはそういう事すんなって意味で言ったんだっ!?」
「こうであったな……『ぷれぜんとは、た・わ・し♪』」
「間違ってる! 間違ってるから!?」
「ふむ、違ったか。確かに洗浄用具とわし自身には何の関係もないの。
 じゃが、まあ、お主とてわし自身を捧げられるのは悪い気はせんじゃろう?」
「お前……それ凄い自信家な発言だぞ。ちんちくりんの癖に」
「なあに、程なくして育つ。そういう風に調整したのじゃからな」
「……なんだかなぁ」
「とにかく、わしのプレゼントはわし自身じゃ。駄目かの?」
「いや、駄目っつうかむしろそれは大歓迎っつうか育たなくてもいいって
 言うかいやいやいやいやちょっとまて俺ストップ俺自重しろ俺」
「うむ、喜んでもらえて何よりじゃ」
「喜んでな……くはないのが困る。とほほ……」
「とはいえ、わしのこの身体は、まだお主を受け入れるには無理がある」
「だから受け入れるとか何とか、どうしてそう発想がエロいんですかお前は」
「そこで、じゃ……ちと近う寄れ」
「なんだよ……」
「うむ、そこでよい。では、わしからのぷれぜんとじゃ。ん」
 頬に感じる温かい、少し濡れた感触。
 これは……唇!?
「な……!?」
「頬に接吻……これがわしからのぷれぜんとじゃ」
「……お前、なぁ……」
「その内大きくなったら、もっと色々としてやるからの。前約束のようなものじゃ」
「……期待しておきますとしか返しようが無い自分が嫌だ」
「さて、お主のぷれぜんとは何なのじゃ?」
「……気にいってもらえるかどうかわからないけど」
 俺は、押入れに隠しておいた包みを取り出す。
「随分と大きな包みじゃのう」
「ほら、これだ!」
「な……これは!?」
 包みを勢い良く取り去ると、その下から出てきたのは、大きなクマのぬいぐるみ。
「なんか、前クレーンゲームで取ったのやったら、えらい喜んでたからさ、
 大きいの、奮発してみた」
「……わ、わしがこんなこどもだましのぬいぐるみなどでよろこぶと思ったら
 その通りじゃ! 大きいぞ!? なんじゃこの大きさは!? もふもふしても
 よいのか!? 駄目と言われてもやるぞ! わしはやると言ったらやる女なのじゃ!」
「……あ、いや、まあ、どうぞご存分に」
 タックルを仕掛けるようにぬいぐるみに飛びかかり、彼女は存分にその
感触を楽しみ始めたようだ。久しぶりに見るな、こんな喜色満面の笑み。
 いつも鋭いその視線も、今はだらしなく緩んで、ぬいぐるみに注がれている。
「ま、喜んでもらえたようで何より」
「うむ! うむ、実に良いぞ! わしは非常に喜ばしい!」
「じゃま……ちょっと遅れたけど、メリークリスマス」
「ん? なんじゃその、めにぃくるくるしますとは?」
「回すな回すな。クリスマスの挨拶だよ。メリー、クリスマス」
「めりぃ、くりすます」
「そう。メリークリスマス」
「めりぃくりすます、じゃ!」
「うん……メリークリスマス!」
 彼女との初めてのクリスマスは、こうして3日遅れで何とか無事終了した。
 ちょっとやきもきもしたけど、喜んでもらえたし、まあいっかな?
                                           終わり


「おい、お主」
「なんだよ、俺はダイナマイトとハッスルザッピングするのに忙しくて……
 って、なんだこりゃ?」
 何やらデロンとした物体が器に入れられている情景。彼女に呼ばれて
自室から居間にやってきた俺が見たのは、そんな情景だった。何コレ珍百景?
「何をと申すか。見てわからんのか?」
「わからんから聞いてるんだが」
「……ホントにわからんのか、お主は?」
 そのデロンとした物体は、どうやら何かの液体につけられているようだ。
ますますわからん。何かのオブジェのように見えなくもないが、それにしても
独創的な造形で、俺には理解のできない美の表現なのかもしれない。
「お主……今日は何日じゃ?」
「そうか、お前もとうとう歳相応の脳味噌に……」
「それはくりすますの意趣返しか!?」
「バレたか。まあ、今日は大晦日だよな。それとこの謎の物体Xに何の関係が?」
「謎の物体えっくす……」
 何やら、彼女はわなわなと震えだした。だが、年端のいかない少女の
外見で震えられても、可愛くしか見えない。まあ、怒ってるだろうという
のはわかるんだけども。
「何怒ってんだよ」
「せっかく……せっかくお主の為にこれをわざわざ作ったというのに、謎の
 物体X呼ばわりまでされて、これが怒らずにおられるかっ!」
 うわ、ホントに怒ってる……。けど、真っ赤になった顔は、やはり可愛いだけで、
あまり怖かったりしない。困ったもんだ。
「だから、これ何なんだよ。俺にゃさっぱり見当がつかない」
「……今日は大晦日じゃ。そして、大晦日に食べるものと言えばなんじゃ?」
「大晦日に食べる……年越し蕎麦か?」
「その通りじゃ! いぐざくとりー、という奴じゃ!」
「それとこの謎の物体XX(ダブルエックス)に何の関係が?」
「まだわからんのかこの戯け! これは蕎麦じゃ! 年越し蕎麦じゃ!」
「………………」
 目の前の、器に入った物体は、どう見ても蕎麦ではない。
「あはは、またそんな冗談言って俺を担ぐつもりだな」
「大戯けがぁああああ!? 何ゆえにわしがそのような冗談を言わねばならん!?」
「だって、ほら、蕎麦ってのはもっとこう、細くて長くて、こう、ズルズルー、
 ってすすれるような感じの物だよ?」
 目の前の、器に入った物体は、どう見ても菱形だった。ぶよんとした菱形。
「……そ、それは……その、初めて、このようなものを作ったので、ちょっと
 上手く出来なかったかもしれぬが……」
 ………………えっと、上手く、できなかった? という事は、つまり? ホントに?
「……これ、蕎麦……なの?」
「そうじゃと言うておる! 年越し蕎麦じゃ!」
「そうか、蕎麦のつもりだったんだ……」
「つもりではない! お主、わしの堪忍袋の緒はそれほど太くないぞ!?」
「いやいやいや、すまんすまん、わかったわかった。これは蕎麦だ」
「うむ、それでよい」
「そういう設定でいこう」
「………………」
「……あれ?」
「今、わしの中で何かが切れた音が聞こえたんじゃが……これは何の音かのう?」
「……えっと、その……僕、やりすぎましたか?」
「後悔は……先には立たぬものじゃ……」
「ちょ!? 怖い! その笑顔怖いですよ!? 膝が震えてますよ、私!?」
 にっこりと笑う彼女の背後に、何か黒い色をしたオーラが見えたような、
そんな気がした瞬間、
「一度死んでくるがよいぃぃぃぃぃぃ!」
 彼女の華麗な後ろ回し蹴りがテンプルにクリーンヒットして、俺は視界は白に
閉ざされた。俺の大晦日、さようなら。そしておはよう、2009年……と、2009年におはようできる
事を祈りながら、俺の意識は白に包まれて――――――あ、お花畑だー♪
                                             色々な意味で終わり?


「行くのかい?」
「ごめんな、婆ちゃん。俺、帰らなきゃ」
「待ってる人でもいるのかい?」
「ああ。喋り方は婆ちゃんみたいだけど……凄く可愛い女の子が、俺を
 待ってくれてるんだ」
「そうかそうか。待っとる人がいるんなら、帰らんとなぁ」
「ま、俺も後八十年くらいしたらこっち来るからさ」
「ほっほっほっ、随分長生きするつもりじゃねえ、あんたも」
「そのくらい、あいつと一緒にいてやりたいからさ……あいつには言えないけど」
「ほっほっほっ」
「じゃあ、行くよ、婆ちゃん」
「行ってらっしゃい。孫と正月を迎えられて、わたしゃ嬉しかったよ」
「俺もだよ、婆ちゃん。元気で……ってのもおかしいけど、元気でな」

 なんだか、夢を見ていたような気がする。内容は思い出せないけど、
なんだか凄く温かくて、そして少し寂しい、そんな夢を。
 どうやら、俺はいつの間にか眠っていたらしい。いつ眠ってしまったのか、
記憶には無いけれど。

「……う、ううん」
 身じろぎをした俺の頭には、いつもの枕のそれとは違う、何やら柔ら固い、
不思議な感触が。
「起きたか。もう、起きんかと思っておったぞ」
 声が……目の前から降ってくる? いつもと違う聞こえ方の、いつも聞いてる
その声に、違和感を覚えながら俺は瞳を開いた。
「……あれ? お前の顔が……目の前、に?」
「寝ぼけておるな」
「寝起きだから……って、あれ? という事は……」
 あいつの顔が目の前にある。
 そして、頭に柔ら固い感触。
 この二つの符号が示す物は……一つ!
「……せめてもの詫びじゃ。元はと言えば、わしのせいじゃからの」
 ひ・ざ・ま・く・ら?
「お前……なんで俺を膝枕してんの?」
「言っておるじゃろう。詫びじゃと」
「……詫びられるようなこと、されたっけ?」
 どうにも意識がはっきりしない。なんか強い衝撃を受けたような、そこはかと
無い記憶があるような気がしないでもないが、そんな衝撃を受けたというのに、
俺は呑気に眠っていたというのか。
「覚えておらぬのか?」
「すまん。なんかこう、ドカーンと何かがきたようなイメージは残ってるんだが、
 それが一体なんだったかはさっぱり思い出せない。なんか知らない内に
 眠りこけてたみたいだし……お前が、何かしたのか?」
「……いや、まあ、その……覚えておらぬのなら、気にするな。些細な事じゃ。
 まあ、それはともかく、今はこのままでおれ」
「あー、いいのか?」
「構わん。わしは今そういう気分なんじゃ」
「どういう気分だよ」
「考えるな。感じるのじゃ」
「どこの青三号だよ……」
「……時に、頭が痛かったりはせんのか?」
「なんで?」
「いや、痛くないのならよい。存分にわしの柔らかい太ももを味わえ」
「……柔らかいっていうか、柔ら固いって感じだが」
「むっ!?」
「けど、いいよ。なんか、いい感じ」
「……そうか。ならばよい」
 いつもの鋭い彼女の視線は、今日も変わらず俺に注がれている。だけど、
その目は心なしか赤く充血しているように見えた。
「お前は夜更かししてたのか? 俺はいつの間にか眠っちゃってたみたいだけど」
「うむ。わしは大晦日からずっと眠っておらん。まあ、別に平気じゃが」
「大晦日から?」
「うむ」
「……あれ、という事は、今日何日だっけ?」
「正月じゃ。元日。1月1日」
「そうか、正月か……って、正月!?」
「……何を驚いておる。大晦日に眠って、目が覚めたら正月。自然な話
 であろう? 別に驚くことは何もないはずじゃが?」
「あ、いや……そう、か。そうだな。そう言われればそうだ。あっはっは」
「ほっほっほっ、そうであろう」
 心なしか、彼女の笑いは乾いて聞こえたような気がしたが、まあきっと
気のせいだろう。別に乾いた笑いを挙げる場面じゃないし。
「あ、じゃあ、言っとかないと。よいしょっと」
 頭に覚える感触は少し名残惜しかったが、俺は起き上がり、姿勢を正した。
「ふむ……新年の挨拶じゃな」
「そうそう。ちゃんと言っておかないとな」
 彼女と俺は、互いに正座して向き合い、三つ指を立てる。
「あけまして」
「あけまして」
『おめでとうございます』
「……ふぅ、さっぱり目を覚まさんかった時はどうなる事かと泣きそうに
なったが、無事で本当に良かった……」
「ん、何か言ったか?」
「いや、何も言うてはおらんぞ。気にするな」
 彼女が小さな声で何か呟いたような気がしたが、まあ何も言ってない
と本人が言ってるから気のせいなんだろう。
「時にお主、腹は減っておらんか?」
「そういえば、年越し蕎麦も食べずに寝ちゃってたんだっけ」
「お主の分はちゃんととってあるぞ」
「おお、そりゃありが……なんだこれ?」
「……年越し蕎麦のようなものじゃ。わしが作った失敗作じゃがな。とって
 おいた麺を茹でなおしたのじゃ」
「蕎麦……麺っていうより、オブジェだな、こりゃ」
「……もう何も言い返さぬ。とにかく、食してみい」
「まあ、せっかくお前が作ってくれたんだから、失敗作だろうが何だろうが、
 ありがたく食べさせてもらうよ」
「うむ」
「……ぱく。もぐもぐ……」
「ど、どうじゃ!?」
「いや……蕎麦じゃないな、この味と食感は」
「……そ、そうか」
「でも美味いよ。変わった味だけど、美味い」
「そうか! そうであろう! わしが作ったのじゃからな!」
「ありがとな。今年もよろしく頼むよ」
「うむ……わ、わしの方こそ、よ、ろ……う、うぅ……」
「あれ? なんで泣いてるんだ?」
「馬鹿者! 女子の涙を詮索するなぞ、無粋の極みじゃぞ! というか
 そもそもわしは泣いてなぞおらん! 単に目にゴミが入っただけじゃ!」
「……そうなのか?」
「う……嬉しいのは本当じゃが、それで泣く程わしは弱くはない!」
「……そっか。ま、んじゃ改めて、今年もよろしくな」
「うむ。よろしくされてやろう! 今年もわしについてくるがよい!」

 そう言って、少し赤さが増した目で笑った彼女の顔に、俺は自然と微笑を
返していた。鋭い目つきが、糸のように細められ、軽く上記したその顔の
可愛さに、思わず俺の頬も赤くなる。ま、今年もなんだかんだでこんな感じなんだろう。
 そんなこんなで、多少曖昧な所があったりもしたけれど、俺と彼女の
2009年は、こうして幕を開けたのだった。
                                終わり


「ろーりろーりろりろりばばぁ♪」
「……おぬし、なんじゃそのうたは」
 うむ、舌ったらずな呆れ声はいい。実にいい。
「ロリババァの歌だが何か」
「おぬしの病気にはいつもあきれ果てるばかりじゃが、果てるも際限が無いのぅ」
「まあ、果てるだなんて破廉恥!」
「……最長不倒更新しっぱなしじゃぞ」
 呆れ果てた声が耳に届き、僕はもう一度思った。
 実にいい、と。

 先日の話だ。
 一応、僕はそれなりの大きさの会社で社長をやっている父親を持ち、それなりに
裕福な家庭に育ち、幼い頃からSPに警護される毎日を過ごしていた。
 だが、ある日の事だ。僕についていたSPが、突然辞めたいと言ってきた。理由はと言えば――
「もう貴仁様にはついていけません!」
 ――意味がわからない。僕のどこについていけないというのか。先日暇だからと
ちょっと全裸で玄関から放り出したのがそんなに堪えたというのか。全く、SPという
職業につくには軟弱過ぎるんじゃないか? そんな事で僕の身の安全が守れると
思っているのだろうか。
 僕につくSPは特に精神的に強く、肉体的にも強くなければならない。
多少の羞恥プレイに耐えられないくらいで、僕のSPとしては失格だ。
 僕は父上に、精神的な強さと肉体的な強さを併せ持ち、尚且つ僕好みのかわいい
女の子なSPがいないか、と聞いてみた。まあ、そんなのいるわけないだろうから、
一先ず女の子のSPがいればそれでいい――
「ああ、いるな、一人。心も強いし、運動神経も抜群だ」
 いるのかよ! なんで今まで黙ってたんだよこの糞親父! さっさと僕につけろよ!
 などという本心はおくびにも出さず、僕はやったー!と軽くガッツポーズをした。
「だが、お前に彼女が手に負えるかな?」
 父上の笑みの意味はわからなかったが、見せてもらった写真を見て、僕は即決した。
 そこに写っていたのは、
「ロリっ娘! ロリっ娘じゃないか!」
 SPの癖に、詳しいプロフィールが載ってないのが気になったし、何故か和服――着流し
と言うのだろうか――に身を包んでいたのも気になったが、まあそんな些細な事は
ロリっ娘である時点でどうでもいいと言えばよかった。この上精神的にも
肉体的にも頑健となれば……うひひ、うじゅるる……思わずよだれが出るぜ……ひゃっはー!
「見た目に騙されるなよ……彼女は“強い”からな」
 父上の意味深な笑みなど全くこれっぽちも気にせず、僕は彼女を僕のSPとして
付けてくれるようにお願いしておいた。
 彼女の名は、操(みさお)。名前だけで、名字は記されていなかった。

      ――――――★――――――

 その二日後。彼女は僕の元にやってきた。
 着流し姿に、背には木刀を背負い、だがその背負った木刀は少しばかり
地面に引きずられていて、もう何というか、上手く言葉にできないのだけれど、
可憐とか可愛いとか、そういう言葉では言い表せない――ああ、もう、やっぱり
言葉にならない!
 だが、そんな感慨に頬を紅潮させる僕を他所に、彼女は冷たく言い放った。
「お主、随分なうつけと訊かされておるが、真か?」
「うつけ……?」
 開口一番、彼女の可憐な口から放たれた言葉は、僕にはよく意味のわからない
言葉だった。うつけ? おみおつけの親戚だろうか。それに、その口調もなんか
古めかしいというか――
「……どうやら、その顔を見る限り、真のようじゃの」
「うつけって……どういう意味?」
「阿呆、という事じゃ」
「……あ、ほ?」
 ……つまり、開口一番、僕は馬鹿にされたという事か?
「まったく、うつけという言葉の意味も知らぬとは、学も浅いようじゃし、あの父親に
 してこの息子有りと言った所かのう……」
「父上を知っているのか?」
「無論じゃ。お主の父もまた、ワシが性根をたたきなおして今のような立派な
 男に育てあげたのじゃからの。お主もまた同じ道を歩むとは、因果なものじゃな」
「父上を……育てあげた……?」
 目の前にいるのは、どう見ても年端もいかぬ少女だ。もっと言うとロリっ娘だ。
ルックスとかもろストライクだ。何か言動がアレだけど、まあそれは一先ず置いて
おくとして、どう見ても父上を育てた経験を持つ年齢には見えない。
 そんな彼女を見ていると、馬鹿にされたという事実なんか気にならなくなってくる。
僕は、率直に、浮かんだ疑問をそのままぶつけてみた。
「……えっと、歳、いくつなの?」
「お主……うつけの上にでりかしぃも無いのかの?」
「えー! そりゃ女の子に歳の事は禁句だってわかるけどさー、普通聞く
 でしょ、この状況だったらさー!」
「ふんっ、まったく、こういう所までお主とお主の父は似ておる。あやつも
 まず訊いたのはワシの歳のことじゃったからのう」
 どこか遠い目をしながら微笑む彼女の顔に、僕は目を奪われた。
 ただの少女には到底できるはずの無い、憂いと懐旧が浮かんだ切ない
表情は、僕でなくても目を奪われただろう。
「……なんじゃ、呆けた顔をして。ワシの顔に何かついておるか?」
「いや……綺麗だなぁ、って思って」
「ふっ、その程度の世辞にたじろぐワシではないぞ?」
「いや、お世辞とかじゃなくて……何か、僕……見蕩れちゃって」
「お主ら親子はほんによう似ておるようじゃな……まったく、そこまで反応が
 同じというのも、滑稽を通り越して驚きに値するわい」
「……父上も、同じ?」
 ……この娘は……操という名前の少女は、一体何者なんだ?
「知りたいかの?」
 まるで内心の声を見透かされたかのように、彼女は唇を歪めながら言った。
 僕は、こくりと頷くしかなく――
「ならば……ワシを倒してみよ!」
 ――突然背中から抜き放った木刀で殴りかかってこられた僕は、一撃をもろに
頭頂部に喰らい――あっさり昏倒した。

      ――――――★―――――

「……お主、本当にあやつと同じじゃの」
 どこか遠くから声が聞こえる、気がした。
 呟くような、だが慈しみに溢れた、優しい声が、ずっとずっと上の方から
聞こえてくるような、そんな不思議な感覚。柔らかい雲の上に寝転んで、
凄く気分良く眠っている間に見た夢。言うなれば、そんな感じだ。
「不意を打ったとは言え、かわすも受けるもできたはずじゃが、あえて身を
 動かす事をせず、喰らうを選んだ……本当に、同じじゃ」
 いや、あれは喰らうのを選んだわけじゃなくて、単に僕にそういう心得が
なかっただけで、でも確かに身体を動かす事くらいはできたのに、どうして
僕はそれをせずに、一撃をもろに受けたのだろう?
 僕はそんな事を考えながら、ゆっくりと目を開いた。
 そこに、僕が一撃を喰らった理由が、あった。
「起きたか。お主、気絶しておったのじゃぞ?」
「……え、あ?」
 目の前に、彼女の顔があった。覗き込むような形で、彼女は笑っていた。
その笑顔に見蕩れたから、僕は避けようという気が起きず、直撃を食らって
しまったのだ。
 今浮かんでいる笑顔は、木刀を振り上げた時に浮かんでいた野性味を
感じる笑みとは違う。優しく、愛しむような、先ほど聞こえた声に似つかわしい、
僕の記憶の中には存在しないはずの、母を連想させる笑みだった。
 改めてその笑みに見蕩れ、僕は動けないでいた。動けない中で、よくよく
考えてみると、覗き込むような笑顔を正面に見るという事は……そして、
この後頭部に感じる柔らかい感触……これは……。
「ひ・ざ・ま・く・ら……ひざまくらぁぁっっ!!???」
 思わず飛び起きそうになってしまった身体を無理やり押さえつけ、僕は
彼女の柔らかい太ももの感触を存分に味わう事に専念しようと――したら――
「よいしょっと」
「あいた!」
 はしごならぬ、太ももを外され、したたかに後頭部を地面に打った。痛い。
「ふふふっ、さあびぃすはこれまでじゃ」
「……そんなぁ」
「……そこまで残念な顔をされると……」
「またしてくれるの!?」
「いや、血が騒ぐと思っての」
 ……この人Sかよ。いや、そりゃSっぽい感じだし、納得だけども!
「ワシは当年とって三百十になる。何ゆえ三百年をこの姿のまま生きておるか
 は、ワシ自身にもわからぬが、この百年ほどはお主の家系にて世話に
 なっておる」
「え……え? なんで教えて……」
「どうして教えるかじゃと? 当たり前の話じゃ。お主はワシに勝ったのじゃから、
 勝者として知るのは当然の権利というもの」
「でも……僕気絶して……」
「ワシが負けたと思ったらワシの負けじゃ」
「そ、そうなのかなぁ……」
「ほれ、胸を張れ、胸を!」
 僕は促されるまま、何となく胸を張ってみた。
 なんだか、世界が見違えて見えた……りはしなかったけど、それでも、少し
気分は変わったような、そんな気はした。気のせいかもしれなかったけれど。
「……しかし、ロリババアSPとか、新ジャンルだよなぁ」
 呟きながら、僕の顔には自然と笑みが浮かんで止まらなかった。なんだか
楽しそうな事がいっぱいありそうな、そんな予感で少し胸が高鳴っていた。
 ぶっちゃけ、実際に三百歳なのかどうかとか、物理法則がどうのこうのとか、
そんな細かい事はどうでもよかった。目の前にいる彼女がそう言っている
のだから、僕はそれを信じるだけだ。その方が面白いしね。
「何をヘラヘラしておる! 早速今日からワシがお主を鍛えてやるからの。
 覚悟するがよい!」
「え、ええぇ!? なんで? SPなんだから警護だけじゃないの!?」
「先にも言ったが、お主の父もワシが育てたのじゃ。お主もワシが育ててしんぜよう!」
「えぇぇぇぇえ!? 聞いてないよー!」
「言っておらぬからな」
 ……前言撤回。ちょっとだけ大変な事になりそうな気がしてきて、胸の高鳴りが
テンションダウン。っていうか、鍛えるってどういう事!? これが父上の
言ってた『手に負えない』って事なのか!?
「ちなみに、既に契約はなされておる故、無効化にはあやつの……お主の
 父の承認が必要じゃ。……だが、あやつはワシのいう事には逆らわぬからのう……」
 何故じゃ邪悪な笑みを浮かべながら、彼女はそんな事を言う。
 ……これは、覚悟を決めるしかないのか!
「では、改めて名乗ろう。ワシの名は操。姓(かばね)は持たぬ」
「僕は……境平治貴仁(きょうへいじたかひと)。……よろしく、って言って
 いいのかどうかまだ判断に迷ってるけど……」
「ええい、男がそのようなあやふやな物言いでどうする! しゃきっとせぬか!」
「ああ、もう、覚悟した! よろしくな、操っ!」
「ふむ、その意気や良し。しかと鍛えてやるから覚悟するがよい貴仁よ!」
 こうして、僕と操の奇妙な生活が幕を開けたのだった――

                                    続かないと思う


 とある惑星で戦う、男とロリババア。男はロリババアを追い詰めていた。
 だが……。
「……お主はこれがわしの最終形態じゃと思っておるのか?」
「何っ!?」
「わしはロリババアのさらに上を行く変身を行える……そして、その
 変身をあと二回残しておるのじゃ。この意味がわかるか?」
「……な、なんだって……!?」
「それでは見せてやろう。絶望に打ちひしがれるがよいわっ!」

 ずもももも。

「ロリババア第二形態……これがその姿じゃ……」
「……何も変わって、いない……?」
「この形態は恐ろしいぞ……何せ、わしの意志でもどうにもならんの
 じゃからな……最早何が起ころうと、わし自身でも止める事はできぬ!」
「な……なんてこった……ちくしょう、一体どうすれば……ッ!?」
「さあ、だっこじゃ!」
「……は?」
「はやくわしをだっこするのじゃ!」
「……えと、あの、何?」
「だっこと言ってわからんのかこのたわけがっ! わしをお主の腕の中に
 収めて、抱え上げろと言っておるのじゃ!」
「………………なんで?」
「何ッ!? できぬとでも言うのか!?」
「いや、できないって事は無いけど……なんでまた突然?」
「理屈などどうでもよいっ! わしがだっこと言ったらお主はだっこすれば
 よいのじゃ! できぬと言うならば……」
「……言うならば?」
「泣くぞ」
「……はい?」
「だっこしてくれぬならば……わしは……わしは、寂しくて……う、うぁわぁあああん!」
「あ、え、お、ほ、ほ、ホントに泣くのかよっ!?」
「だっこー! だっこしてほしいのじゃー! うぇぇえええん!」
「泣くなっ! ほら、してやるからっ!」
「……ほんと?」
「ああ、ホントだっ! ほら、こっちこい」
「わーい! だっこしてもらえるのじゃー♪」
「はぁ……まったく、なんでさっきまで戦ってた相手を抱っこせにゃ」
「隙有り!」
「ぐげふぉふぁぁ!?」
「ふふふ、これぞロリババア第二段階……甘えん坊ロリババアの必殺技、
 “甘えて油断させ急所を一撃の術”じゃ!」
「……な、ま、え……その、まん……ま……」

 どさっ。

「他愛もないのぅ。全く、男というものは皆コロっと引っかかりおる。
 ……じゃが、毎度毎度、ちと恥ずかしいの、この形態は。控えめにする
 としようかのう……」

 こうして戦いはロリババアの勝利に終わった。
 だが、謎は残った。第二段階が甘えん坊ロリババアならば、第三段階は
一体なんなのだろうか、という。
 残念ながら、それを記すには削除ガイドラインという敵に打ち勝たなければ
ならない。いつの日か、最大の敵との戦いに勝利するその日を信じて、
全ての謎が明らかになるその日まで、戦えロリババア!

                                  終わり

  • 最終更新:2010-10-23 03:16:02

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