パラレル春菜ちゃん1-5

パラレル春菜ちゃん-作:◆KazZxBP5Rc  ■5.27kb


#5 さいかい


「司令、連れてまいりました。」
広々とした司令室。本棚にはぎっしりと書類が詰められている。
中央に大きく構えられた机の向こうに、中年男性が座っていた。
その男、組織のトップとしては若い部類である。
細身の体を飾っているのは、似つかわしくない軍服のような衣装。
目は、厳しさの中に優しさを、覚悟の中に悲しみを秘めた、なんとも表現しがたい目つきである。
男と目が合った瞬間、春菜は息を詰まらせた。
間違いない。間違えるわけがない。
15年の間、1日もその人を想わない日は無かった。
司令と呼ばれた人物は、春菜の想い人である“彼”だった。
乱れる呼吸を強引に整え、春菜は声を押し出す。
「変わらないですね。」
本当はもっと別のことを伝えたかったはずだ。
ずっと好きだったとか、あなたのことを想うとどれだけSAN値が下がるかとか。
だけど、口をついて出た言葉はなぜかそれだった。
“彼”は穏やかに笑ってこう答えた。
「君は変わったね。」
それ以上の言葉はいらなかった。
二人の間ではそれで十分だった。
だから、その次の会話は、ツェペシュに関することだけだった。
「数十分後、4時になったら、ここにもう一人の吸血鬼が来ます。彼はここを壊滅するつもりです。」
「分かった。すぐに各幹部に伝えよう。」
司令がそう答えた瞬間、まさに計ったようなタイミングで――

――遠くからの爆発音が耳に届いた。

「なんだこれは!」
3人はエントランスでその惨状を目撃した。
爆発音の直接の出所はハンターの投げた手榴弾だった。
だが、ハンターたちは皆ぐったりと倒れたまま、生死も分からない。
その中に一人だけ月を背景に立つ男の姿があった。
その男、すなわちツェペシュは、3人の顔を眺めて残念そうな顔をした。
「失望しましたよ、セラ。中から貴女の気配がするものですから既に暴れているのかと思いきや……。」
春菜がセラに代わる。
彼女は有無を言わさず飛び出した。
この被害は自分の見通しが甘かったせいだ。
今度は力をセーブする必要もない。
ツェペシュに思いっきり連打をぶち込む。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
常人の目には止まらぬ速さだが、ツェペシュは難なくガードし、会話する余裕すら見せつける。
「なぜ貴女がハンターに与するのです? あれほど憎んでたではありませんか。」
「貴様も転生すれば分かるかも……なっ。」
セラは言葉の最後で後ろへ大きく身を引いた。
連打は無駄だと悟り、一撃重視に切り替えることにしたのだ。
体を精一杯ひねり、渾身のアッパー。
しかしそれすら左手一本で受け止められた。
「仕方ないですね。しばらくおとなしくしてもらいましょう。」
そう言ったツェペシュは、空いている右手でセラの腹を思いっきり殴った。
「がっ!」
セラの小柄な体は10メートル以上吹っ飛び、そこで倒れた。

次にツェペシュに立ち向かったのは司令だった。
吸血鬼が近寄ればナイフ、遠のけば銃、と巧みに使い分けて戦う。
だが、善戦とは到底程遠かった。
弾はどんどん消費され、体には次々に傷が増えてゆく。
セラは動かない体をなんとか持ち上げようとするが、金縛りにでも遭ったかのようにピクリともしない。
今はこのまま見守ることしかできない。
なんとも歯がゆい。
そんな思いのまま、最悪の時はやってきた。

「××――っ!」
セラの意識を押しのけて、春菜が“彼”の名を叫ぶ。
目に焼き付いていたは“彼”の胴がツェペシュの腕に串刺しにされる姿だった。
春菜の――セラではなく春菜の――瞳が血の色に染まる。
“彼”の体が床に落とされた瞬間、春菜は駆け出した。
ツェペシュの顔の高さまで飛び上がり、全身全霊を掛けて頬をぶん殴る。
「ぐっ!」
その力は、セラの攻撃を軽々やり過ごしたツェペシュですら受けきれないものだった。
春菜は止まらない。
ツェペシュを押し倒し馬乗りになると、その顔を右から左から力任せに殴りまくった。
そして最後に、“彼”と同じ痛みを味わわせてやろうと、ツェペシュの胸へ向けて手を構える。
……が、その手は動かなかった。
(どうして止めるのセラ!)
(春菜にだけは、そんなことをさせるわけにはいかない。)
(でも! こいつは“彼”を!)
体の中で二つの心が葛藤する。
この機会をツェペシュは逃さなかった。
春菜の体を跳ね除けると、こちらを向いたまま、出口までバックで大きくジャンプした。
「またいつか会いましょう、セラ。その時までに頭を冷やしておいてください。」
そう言ってツェペシュは去って行った。

「この!」
(待て! もっと大事なことがあるだろう!)
セラに諭されて春菜は気付く。
“彼”はどうなった?
春菜は横たわる“彼”の近くに急いで駆け寄った。
「春菜……ちゃん……。」
良かった、まだ息がある。
だが、次の言葉は、春菜を再び絶望に叩き落とした。
「最後のお願い……聞いてくれるかな……。」
嘘だ。嘘に決まってる。最後なんて。
そう叫びたかったが、なんとか耐えて首を縦に振った。
「キス……しよう……。」
もう一度春菜は無言で頷く。
目を閉じ、唇を近づける。
二度目のキスは、血の味がした。
「あり……がとう……、」
顔を離した後、“彼”は笑ってそう言った。
そしてその笑顔のまま、“彼”は静かに眠りに就いた。
興奮で抑えられていた涙が、今更になって、春菜の目から溢れ出た。

どうやって帰ったのか全く覚えていない。
家に着いてすぐにやったのは、携帯電話から上司への連絡だった。
今日からぶっ続けで残りの有給休暇を全部使う申請と、ツェペシュの行方不明の報告。
送信中の画面を見送った後、春菜は電話を放り投げてベッドにこもった。

5日ほど抜け殻の生活が続いた。
目の赤は消えなかった。セラによると、春菜自身が吸血鬼として覚醒したかららしい。
何も無いただ生きてるだけの生活。そこに突然呼び鈴の音が響いた。
訪問販売か、それとも宗教の勧誘か。
後者ならもしかしてこの空っぽの心を満たしてくれるんだろうか。
「くだらない……。」
よぎった無意味な期待を自嘲し、無視を決め込んだ。
そうしていたら、今度は扉の開く音が聞こえた。
春菜は思い出した。鍵を閉めるのすら面倒で開けっ放しにしていたのだ。
そうなるとさすがに出ないわけにはいかないだろう。
春菜が玄関へとぼとぼ歩いていると、小さな影が春菜の胸に飛び込んできた。
金髪で、赤目の、小学校中学年くらいの少女。
少女は春菜の顔を嬉しそうに眺めて叫んだ。
「お姉様!」


つづく


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  • 最終更新:2011-05-16 21:08:25

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