パラレル春菜ちゃん1-4

パラレル春菜ちゃん-作:◆KazZxBP5Rc  ■5.47kb


#4 しんにゅう


「未明」というより「深夜」と表現すべき時間帯。
賃貸マンションの一室から目覚まし時計の音が近所迷惑を顧みず鳴り響いた。
春菜は布団の中から手を伸ばし、愛用のそのうるさい時計を引き寄せる。
アラームを切り、重そうなまぶたの奥から覗くと、針は2時半を指していた。
「んー、もうちょっと……。」
(おい、何を寝ぼけている!)
「!」
セラの戒めに春菜は飛び起きた。
外から耳を通じて入ってくる大音量より、心に直接届く声の方が目覚めを促すのに貢献するようだ。
「やっぱり起きてた方が良かったかなぁ。」
中途半端に睡眠をとったせいでなんだか気怠い。
眠気覚ましに冷蔵庫からトマトジュースを取り出して一気飲みした。
「うへ、苦い。」
(そう思うなら飲まなければよかろう。)
「なんか癖で買っちゃうんだもん。」
自分の内にいるセラと会話しながらパジャマのボタンを外してゆく。
やがて、起伏の乏しい幼い肢体が外気に晒された。
春菜は、脱ぎ終えたパジャマを洗濯カゴに投げ入れ、クローゼットから質素な黒いワンピースを手に取った。
「うん、やっぱりこれが吸血鬼っぽいよね。」
頭の上から被ると、最後に洗面台で寝グセだけチェックして、春菜は部屋を出た。

赤い瞳の少女が、夜の街を屋根から屋根へと飛び移る。
(気持ちいいー!)
吸血鬼の身体能力は常人を遥かに凌駕していた。
(なんで今までこういうのやらなかったの?)
(人目があるだろう。一般人に見つかったらどうする。)
なんて話しながら、まるで空を飛ぶようにビルの上を疾走する。
飯田製薬本社ビルへは、春菜の自宅から電車で30分掛かるはずだ。
それをセラはなんと20分で駆け抜けたのだった。
目的のビルの前に降り、春菜も気を引き締める。
待ち合わせの時間まであと1時間以上残している。
しかし春菜はツェペシュと共に行動する気など実は全く無い。
先に中へ侵入し、ツェペシュの襲撃をハンターに教えてしまおう、というのが魂胆だ。
通用口らしい扉を見つけると、セラはフェンスを一蹴りで乗り越え、敷地に足を踏み入れた。

途端。
ウィィィィィィィィィィィィィィィィン!
「なっ!」
(センサー?)
侵入者の存在を報せる音が木霊し、通用口が開いて鈍器を持った集団が押し寄せた。
その間、わずか十数秒。
(5人、か。まあ余裕だろう。)
(セラ!)
(分かってる。殺しも吸血鬼化もしない。)
セラは春菜に約束する。
早速突っ込んできた男の攻撃を避けると、みぞおちに一撃。
続いて左右から二人掛かりで襲ってきた敵の攻撃も華麗にかわす。
その際相手の片割れが相打ちで倒れ、味方を打ってしまった男の動揺を突いて蹴りを入れた。
あっという間に3人が地に伏せた。
うめいている彼らを見て、リーダーらしきガタイの良い男が残った男に耳打ちする。
そして、伝言を聞いた男はそのまま通用口の中に逃げてしまった。
(応援を呼びに行ったか。まずいな。)
セラはそちらを追おうとする。侵入の目的は闘争ではない。
しかしもちろんリーダー格の男はそれを許さなかった。
巨体を盾にセラの前に立ちふさがる。
彼はセラの膝を払うように得物を大きく薙いだ。
セラはこれを軽々と跳んでかわす。
しかし男は慌てず、セラが空中にいるうちに、懐から素早く2本のナイフを投げ放った。
(ちっ!)
いくら吸血鬼といえど空中で回避はとれない。
両腕を使ってナイフを弾き飛ばす。
男の狙いはそこだった。
(しまっ!)
詰め寄った男はセラのガラ空きになったボディに重いパンチを加えた。
「くっ……!」
体が軽い分派手に飛んだセラは、勢い余ってフェンスにぶつかる。
しかしすぐに立ち上がった。
ダメージ自体は大したことはない。
(だが時間が……。)
早くしないと援軍が到着する。
そうなるとキリの無い泥沼の戦いが始まりかねない。
(こうなったら、アレをやるしかないな。)
(アレ?)
決断すると、セラは一瞬で間合いを詰めた。
その速さは鍛え上げたハンターでさえなかなか対応できるものではない。
片足を上げたセラがにやりと笑みを浮かべる。
「ぐ……はっ……!」
次の瞬間、男が倒れた。
セラが放った蹴りは、男の股間に正確にヒットしてしまっていたのだった。
(うわあ……。)
春菜にはその痛みは想像できないが、あの大男が相当苦しんでいる。
尊い犠牲者に、春菜は心の中で深い合掌をささげた。

(ふさがれちゃってない?)
(ああ。右は3人、左は4人だな。)
内部に侵入した春菜はT字路に差し掛かっていた。
分かれ道のどちらにも見張りのハンターの姿が見える。
ここまでなんとか隠れて来たものの、ここを切り抜けるのは難しそうだ。
(そもそも、責任者ってどこにいるんだろう?)
(社長室じゃないのか?)
(表向きの業務もあるから、社長以外にハンター組織をまとめてる人がいると思うんだけど……。)
建物の中を今まで見てきた限りでは、ハンターがうろついている以外は普通のビジネスビルにしか見えない。
二人して思索にふけっていると、不意に、後ろから肩を叩かれた。
(見つかった!?)
(いつの間に後ろに!)
慌てて振り返ってみると、そこにいたのは、
「さゆり!」
大声で叫びそうになったが、なんとかこらえて小声で話す。
「ハンターに戻ってたんだ。」
春菜の嬉しそうな顔に、懐かしい学友は真剣な表情で返す。
「あの時はよくも騙してくれたわね……なんて、いろいろ言いたいこともあるけど、今はそんな場合じゃないみたいね。」
さゆりは春菜の手を取って、春菜が元来た方向へ導いた。
「監視カメラで女の子っぽい姿が見えたからもしやと思ってね。司令は、もし春菜だったら連れて来いって。」
責任者を見つけたいと思っていたところにこの状況。
罠だろうかと一瞬戸惑ったが、どのみち探すあては無いのだ。
ダメで元々、もし本当にその司令とやらに会わせてもらえるならラッキーだ。
そう結論し、春菜はついていくことにした。

T字路から2回ほど角を曲がったところに、薬物乱用防止ポスターが貼ってあった。
さゆりはそのポスターを丁寧にめくった。現れたのはごく普通の壁。
さらにその壁を指で探る。実はこの壁、壁紙の一部がさらにめくれるようになっているのだ。
中に隠れていたのは、むき出しのスキャナーだった。
「これは?」
「手相認証システムよ。」
さゆりが装置に掌をかざすと、壁が突然動き出した。
「うわっ!」
壁は二つに割れ、奥には大きな扉が見えていた。
扉のプレートには「司令室」と確かに刻まれている。
「で、普通の鍵もかかってるわけ。」
さゆりがそう言って扉に鍵を差し込み、回す。
鍵が外れた音がし、さゆりは力を込めて扉を押した。
ギギギと低くきしむ音を立てながら、扉はゆっくりと開いていった。


つづく


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  • 最終更新:2011-02-11 00:33:13

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