パラレル春菜ちゃん1-2

パラレル春菜ちゃん-作:◆KazZxBP5Rc  ■6.03kb


#2 だいにのしかく


世田春菜、20歳。国立大学に通うれっきとした女子大生である。
しかし彼女は、ファミレスに行けばお子様ランチをお勧めされ、
ファッションショップに行けば子供服のコーナーに案内され、
映画館に子供料金で入っても何も言われない。
彼女の体は11歳のまま成長を止めているのだ。
9年前、彼女の中に眠る“本当の自分”、吸血鬼・セラ=ハールマンが目覚めたことがそのきっかけである。
だが世間ではそんな真実を語っても頭のおかしい子と思われるだけである。最初は誰にも何も言わなかった。
何も知らない両親は、同世代の子供たちが成長していくにつれて、変わらない娘に対する不安が募っていった。
そこで彼らは一度春菜を病院に連れて行ったことがある。
しかし、どんな検査をしても春菜の体は健康そのもの。ついに原因は特定されなかった。
以来、春菜は周囲に「医者でも原因は分からなかった」と誤魔化すことで乗り切ってきた。誤魔化すといっても事実は事実だ。

「今日はここまでだ。来週のレポートは講義の初めに教壇まで持ってくるように。」
教授の合図に、教室内はわいわいがやがやと騒がしくなる。
(まったく、子供なんだから。)
春菜は周囲に対しての評価を心の中でつぶやく。
(貴様も同い年だろう。)
春菜の中にいるセラがそう返した。
セラは200歳を超える吸血鬼だ。
一方、春菜自身は20年前にセラが転生した際にできた新しい人格で、社会的な年齢通り20年の人生しか歩んでいない。
(それはそうだけど……。)
春菜が周りの学生と比べたのは自分自身ではない。年齢の上ではうんと大人なセラのことでもない。
春菜の“大人の基準”はいつも“彼”だった。
春菜の拙い芝居に付き合い、セラが目覚めたとき、吸血鬼の敵・ヴァンパイアハンターでありながら春菜を見逃した“彼”。
そしてなにより、春菜のファーストキスの相手、初恋の人のことであった。
(忘れた方が貴様のためだと思うがな。)
娘を嫁にやるまいと思う親のような台詞をセラが吐いたところで、この会話は打ち切られた。
春菜を呼び止める声があったからだ。
「春菜、今日、飲みに行かない?」
尋ねられた春菜は、パラパラと手帳をめくって今週のページを開く。
「うん、今日は予定開いてるからOK。」

「いらっしゃいま……せ?」
居酒屋に年端もいかない少女が一人で現れれば、この店員でなくても疑問を抱くだろう。
これから何を言われるか分かりきっている春菜は、店員が次の言葉を口にする前に運転免許証を差し出した。
「たっ、大変失礼しました! お席は……」
「連れが中にいるから自分で探します。」
「あいあいさーっ!」
店員のおかしな言動もスルー。もうこういうのにはとっくに慣れた。
店内に入ると、早速手招きがひとつ見えた。
「遅くなってごめん、さゆり。」
約束の相手、さゆりと呼ばれた女子学生は、既に酎ハイを手に唐揚げをつまんでいた。
「はい、春菜の分。」
「ありがとう。」
春菜は、さゆりに対して、他の学生とは違った印象を持っている。
何が違うのか言葉にはできない。ただ、漠然と、他の学生より“大人”の雰囲気を感じていた。
「店員さん! もう1杯お願いします!」
「……春戸先生の授業って……」
「……新刊のリプレイが……」
飲み、食い、語らい、夜は更けていった。

「あれ……?」
春菜は頭の痛みで目を覚ました。
見知らぬホテルの一室だった。水の流れる音が聞こえる。
とりあえず立ち上がろうとしてみたが、うまく体勢が取れない。
そこで初めて春菜は自分の置かれている状況を理解した。
手足は縛られ、下着姿でベッドの上に寝かされている。
しばらくして水の音が止んだ。
部屋の扉が開き、入ってきたのは、バスタオル一枚をまとっただけのさゆりだった。
「目覚めはどう?」
さゆりは拘束状態の春菜を見ても平然としている。
混乱と二日酔いの頭痛でうまく言葉を紡げない春菜。
ベッドのそばまで来たさゆりは、春菜の頬に片手を当て、うっとりとした顔で語りかけた。
「永遠の若さ、うらやましい。」
言い終えたとき、さゆりの目は鋭い眼差しに変わっていた。
この瞬間、なぜ彼女が他の学生と違うと感じたのか、なぜ“彼”と姿を重ねていたのか、春菜は理解した。
その目は、厳しい訓練によって鍛え上げられた、ヴァンパイアハンターのものだった。
ハンターは、その訓練の成果の一つとして、吸血鬼の気配を察知できるようになる。
セラの場合は春菜という隠れ蓑のおかげである程度気配を消すことはできるが、ここまで身近に潜まれていたのでは無駄だった。
いつの間にかまた穏やかな顔に戻っていたさゆりが次の言葉を口にする。
「私ね、レズビアンなの。」
春菜の背筋に寒気が走る。
「私のペットとして生きるなら、殺さないであげる。」
それは究極の選択だった。
(おい、いつまでこいつに付き合ってるつもりだ、代われ。)
身動きの取れない春菜を見かねたセラが助け舟を出そうとする。
しかし春菜はこれを拒否。
(また殺そうとするんでしょ。)
(当たり前だろう。殺らなきゃ殺られる。)
(私は殺すのは嫌なの!)
(そうか、ならさっさと性奴隷にでもなるんだな。)
(せ、せせせせせせ性奴隷!?)
「あら、真っ赤よ春菜。そんなに嬉しいの?」
自分の都合の良いように受け取ったさゆりは、さらに顔を近づけてきた。
春菜は、ついに覚悟を決めた。

かぷ。
「え?」
春菜はさゆりの首筋を力いっぱい噛んだ。血のにじむくらいに。
そろそろいいだろう、というところで口を離し、自分の唇に付いたさゆりの血をぺろりとなめた。
あっけにとられているさゆりに向かって春菜はこう言った。
「最大の武器を封じないなんて、ハンターらしくないね。」
にやり、と不敵な笑みを浮かべる春菜。攻守逆転だ。
「永遠の若さがうらやましかったんでしょ? 良かったじゃない。」
「あ……あ……」
傷口に目をやり、さゆりはうめく。
「あ、でもこれじゃあ組織に帰れないか。」
「う……」
さゆりは慌てて傷口を手で押さえる。そんなことは全く無意味だと分かっていながらも。
「大丈夫。さゆりは私が守ってあげる。」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
最後の言葉で、ついにさゆりは陥落した。
泣きじゃくるさゆりに、春菜は小さな胸を貸してやることにした。

ホテルからの帰り道、セラは春菜に問いかけた。
(貴様、力を使えるようになったのか?)
血を吸った相手を仲間に変えるという吸血鬼としての力。
春菜もセラの転生体である以上、いつか身に付けるのは必然だった。
しかし、
(いや、全然。むしろ力があったらあの手は使わないって。)
春菜は笑顔で答えた。
(ただの演技だよ。)
それを聞いたセラは感心するとともに恐怖した。
ハンターの多くは復讐を糧に吸血鬼を付け狙う。
そうでなくともハンターの仕事に誇りを持っている者がほとんどだ。
彼らは見逃がされることを殺されることよりも恥じる。
セラは長い戦いの中でそう学んできた。
春菜の“戦わない”というやり方は、彼らのプライドをもっとも傷つけるものであった。
(だが……)
彼らハンターも、訓練を積んだとてただの人間。いずれ必ず死がやってくる。
11歳のあの日までそれを当然と受け取っていた春菜には、その限りある命こそ守りたいものなのかもしれない。
(ん? 何か言った?)
(いや。)
春菜の“優しさ”がいずれ残酷な凶器とならぬことを、セラはただ祈るしかなかった。


おわり



  • 最終更新:2011-02-11 00:41:27

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