パラレル春菜ちゃん1-1

パラレル春菜ちゃん-作:◆KazZxBP5Rc  ■6.02kb


#1 はつこい


「あの男には……気をつけよ……。」

ピピピピピピピピピピピピ……。
けたたましい目覚まし時計の音に、少女は目を覚ました。
夢の最後に誰かの声が聞こえた気がしたが、その内容は思い出せない。
まあ、夢の話なんてどうでもいいことだ。
今日は土曜日。念願の休日。
“彼”に会える数少ない日なのだ。

少女の名は世田春菜。
ごく普通の小学生である彼女には、あまり普通でないと思われる“習慣”がひとつだけあった。
彼女はとある青年に恋をした。
思春期の成長は男児より女児の方が早い。
この年頃の少女が大人の男性に憧れること自体は、よくあることだ。
ただ、その青年は少し変わった性嗜好を持っていた。
ロリババァ。少女の姿を取りながらも、永い歳を重ねてきた女性。
青年はそのロリババァに、異常なまでの情熱を傾けている。
ゆえに、春菜は、200歳の吸血鬼・セラ=ハールマンを騙って彼に近づいた。
それからというもの、春菜は休みさえあれば変装して彼に会いに行くのだった。

青年の家へと向かう途中、春菜は不意に声を掛けられた。
「あれ、セラ様。」
彼こそが、誰あろう意中の青年その人だった。
いつもは家で待ってくれているはずなのに。
緩んだ顔を見られたかも。まさかバレないよね。不安が胸をよぎる。
「今買い物に行くところだったんです。よかったらご一緒しませんか?」
「う、うむ。貴様がそう言うのであれば。」
どうやら杞憂だったようだ。

青年は人通りの少ない路地裏をずんずんと進んでいく。
最初は素直に付き従っていた春菜も、さすがに不審に思うようになってきた。
「おい、本当にここが近道で合ってるんであろうな?」
青年は無言で立ち止まった。
そして、春菜に背を向けたまま懐を探る。
振り返った時、彼の手にあったのは、一本のナイフだった。純銀でできたナイフ。
「な……!」
春菜は芝居など忘れて後ずさった。
当然だ。自分は本当は何の力も無い、ただの小学生なのだから。
一方の青年は、ナイフを突きつけている側にもかかわらず、何故か悔しそうな顔をしている。
「目覚めなければ、もっと一緒にいられたのに……。」
彼はそうつぶやいた。
そして、ナイフを力いっぱい高く掲げた。

「ただいま。」
春菜は自分がそんなのんきな台詞を吐いていることにに驚かされた。
そして、今がその台詞を使うのにふさわしい場面――つまり自分の家の玄関をまたいだところ――であるということにもまた驚かされた。
記憶の上では、ついさっき、まさに青年に刺されようというところだったはず。白昼夢でも見たのだろうか。
「おかえり。春菜、ご飯できてるわよ。」
母親の声で、春菜は自身の空腹に気付いた。
「はーい。」
変な話をして心配されても困る。この場は流れに身を任せようと、春菜は決めた。

真夜中。上も下も無い真っ暗な空間の中で、春菜は少女と対峙していた。
春菜にはその少女の名前がすぐに浮かんできた。
「セラ=ハールマン。」
毎週鏡越しに見慣れている、“変装した自分”だ。
「左様。」
姿に似合わぬ落ち着いた物腰でセラは答えた。
実際にロリババァという存在が有ったのならこんな風なのだろうか。
「でも、あなたは私が作り出した幻。」
そうありたい、という自分。
春菜はいつしか、ロリババァそのものにも憧れを抱くようになっていた。
そんな春菜に、セラは意外なことを言った。
「いや、逆、だ。」
言おうか言うまいか。セラは一瞬悩んだ。
しかし、どうしても言わなくてはならないことであった。
「“世田春菜”の方こそが、この吸血鬼の世を忍ぶ仮の姿なのだ。」

「11年前、ヴァンパイアハンター共に追い詰められた私は、吸血鬼としての力を一時的に封印し、転生する道を選んだ。」
最初は馬鹿馬鹿しい夢の話だと思っていた。
だが、春菜の心の奥底が、「セラの話は本当だ」と主張していた。
「偶然にも、あの男もハンターの一員だったようだが……。」
「ダメ。」
春菜は、次にセラが何を言おうとしたのかが手に取るように分かってしまった。
「……あの男、若い癖に相当な実力者だぞ。」
「ダメなものはダメなの!」
例え自分が偽物の存在であっても、この想いだけは本物であってほしい。
その思いが春菜を叫ばせた。
「しょうがない。明日一日、あがいてみるがいい。だが、いざというときは私が出るぞ。」

翌日、日曜日。
春菜はいつものように身支度を整え、いつものように青年の家に向かった。
玄関で春菜を出迎えた青年は、もうナイフを隠さない。
ゆっくりと春菜に近付き、春菜の身動きを封じ、ナイフを首に押し当てる。
春菜が抵抗しないことに、青年は違和感を抱いた。
口を開いたのは春菜であった。
「もう、戦うのは止めにしましょう?」
セラの真似ではない。春菜は春菜自身の言葉で語りかける。
青年は何もしていないのに既に100mを全力疾走したかのような息遣いだ。
それは、戦闘経験豊富な彼がいまだかつて体験したことのない状況におかれたことによる緊張から来るものだった。
彼はナイフに圧力を加えていく。
一滴、二滴。血がしたたる。
(おい、さっさと変わらんか!)
(まだよ。まだ……。)
心の中で春菜はセラを必死に制する。
数秒後、静寂を破ったのは……ナイフが落ちた音だった。

「俺だって……本当は君を殺したくない。」
青年は力無く春菜を解放した。
「春菜ちゃん。」
「!」
彼が自分の名前を知っている。その事実に春菜は驚いた。
「あんな変装じゃあバレバレだよ。」
青年は寂しく微笑む。
「セラ=ハールマンの生まれ変わりを探す作戦だったんだ。でも、あんなにあっさり引っかかって、君は健気で……。」
思い出話や春菜への思いが口をついて出てくる。
彼はちゃんと、“世田春菜”のことを見てくれていたのだ。

一通り話を終えると、青年は真面目な顔で言った。
「この街から去って、仲間に『セラはいなかった』と報告する。」
それは二人の別れを意味する。
けれど、ハンターの組織の中で生きる青年にとって、それは提案できる最善の策だった。
春菜は、喉元まで出かかった否定の言葉をかろうじて飲み込んで、代わりにこう言った。
「ひとつだけ、お願いしていいですか。」
これまで振り回してきた彼への最後のわがまま。
青年は黙って首を縦に振った。
「キス、してください。」
一瞬、青年の心に疑惑が生じた。
でも、ここまできて騙し討ちも無いだろう。彼は春菜を信じた。
春菜の肩に手を回し、目をつぶるよう促す。
春菜がそれに従うと、二人の距離は一気に縮まった。
唇と唇が触れ合うだけの軽いキス。
けれども初めての春菜にとっては十分に甘美なものに感じられた。

「また、会えるよね。」
デパートで一人、夕焼けを眺めながら、誰に聞かせるでもなく春菜はつぶやいた。
(その時までには、もっと大人になれてるといいな。)
バスが一台、街境の山を越えてゆくのが見えた。

(あ、そういえば言い忘れていたが、体のことならそれは無理だぞ。)
良いところで終わろうとした話をセラがぶち破る。
(それ、どういうこと?)
(私が目覚めた時点で体の成長は止まるようになっていたのだ。)
(えっ……ちょ、ちょっと! 家族とか友達とかにはどう説明するってのよ!)
(知らん。まあバレるのは数年先だろうからじっくり考えればいいだろう。)
(そんな無責任な!)
春菜の苦労はまだまだ始まったばかりであった。頑張れ春菜、負けるな春菜。

おわり



  • 最終更新:2011-02-11 00:24:12

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